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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4760号 決定

申請人 関矢和子

被申請人 大日本紡績株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

被申請人が昭和三十年六月二日申請人に対しなした解雇の意思表示は、本案判決に至るまでその効力を停止するとの裁判を求める。

第二当裁判所の判断の要旨

一、被申請人会社が紡績業等を営む株式会社で、東京都荒川区南千住十の一番地に東京工場を有すること、申請人が昭和二十八年八月被申請人会社に雇用され、同工場附属幼稚園保母として勤務していたところ、昭和三十年二月十五日同工場労務庶務係に配置換され、同年六月二日解雇の意思表示を受けたこと及び申請人が同工場従業員をもつて結成された大日本紡績労働組合東京支部の組合員であることは、当事者間に争ない。

二、申請人は、右解雇の意思表示は無効であると主張するから、以下順次申請人の主張について判断する。

(一)  申請人は、本件解雇は、申請人が社会主義的信条を有することを理由とするものであるから、憲法第十四条第一項第十九条及び労働基準法第三条の規定に違反し、無効であると主張する。

よつて先ず、解雇に至る経緯について検討する。疎明によれば、被申請人会社は、東京工場寮生に支給する夏布団の調製及び蚊張の修理のため臨時に作業員の応援を余儀なくされたので昭和三十年五月十六日申請人に対し、夏布団の調製完了までの間で長い期間でないことを明示し同工場の布団場作業応援に赴くことを命じたのにかかわらず、申請人は、何ら理由を明示することなく単に不満であると表明してこれを拒否し、その後同月二十一日までの間再三督促を受けたが、依然としてこれを拒否し、更に同月二十三日前記労働組合東京支部長立会のもとに作業の応援方の勧告を受け、一旦これを承諾したが、翌二十四日意を翻して再びこれを拒否し、対立の状態にあつたところ、被申請人会社は、同年六月二日午後四時までに承諾するよう最後の催告を行つたが、申請人がこれを拒否したため、右業務命令違反を理由として本件解雇の意思表示を行つたことが認められる、右認定に反する疎明は採用しない。

しかしながら、疎明によれば、被申請人会社は、社会主義的思想及び活動を甚しく嫌悪し、昭和二十九年十一月頃から、申請人が同僚に社会主義的書籍を貸与したり、又日本の歌声(うたごえ)運動に参加し、その切符を同僚に配付したり等することを注視しており、申請人を前記のように附属幼稚園保母から労務庶務係に配置換した理由の主たるものは、申請人が、社会主義的思想の持主であつて、前記の行動があつたため園児の父兄より非難が加えられたことにあつたことが認められる。このような事情の下においては、前記業務命令が客観的合理性と必要性のないものであり、且つ申請人にとつて不利益な差別待遇であることが疎明されるにおいては、被申請人会社が事を構えて申請人の業務命令違反を誘発し、これに藉口して解雇の意思表示をなしたものであり、従つて解雇の決定的な理由は、申請人の政治的信条にあるものと推認するのが相当である。これに反し、右業務命令が客観的に必要にして且つ合理的であり、それが申請人にとつて特に不利益な差別待遇でないことが疎明されるにおいては、解雇の決定的理由が申請人の政治的信条にあることを推認するに由なく、却つて業務命令違反にあるものと断ぜざるを得ない理である。

そこで、右業務命令の必要性ないし合理性及びそれが申請人に対する不利益な差別待遇であるかどうかについて検討する。疎明によれば、昭和三十年四月当時東京工場は、約七百名の寮生を有し、従来これら寮生に対し夏布団を支給していなかつたのであるが、同月初旬本社から同年夏期には全寮生に夏布団を調製して支給すべき旨の命を受け、同年五月からこれが新調に取りかかることに決定したこと、当時恰も蚊張の修理期に当り、蚊張の修理と夏布団の新調を一括して計画したところ、その計画によれば、蚊張の修理は、同月五日から同年六月十四日までの間に作業員三名をもつて百二十張完成し夏布団の新調は、同月十六日から同年七月五日までの間に作業員四名をもつて七百枚完成する予定であつたこと、当時寮生係布団場において右作業に従事し得る女子工員は三名であつたから、夏布団の作成については一名の増員を予定していたこと、寮生係布団場においては、右計画に従い同年五月五日から蚊張の修理を開始したが、その破損箇所が多く、予定どおり作業が進捗しないので、寮生係は、同月十二日頃労務長に対し作業人員の増員方を申入れたこと、労務長は、右申入を容れたが、当時工場においては原則として新規採用が禁止されていたため、工場内の余剰人員をもつてこれが応援に充てることを決定し、工場内各部門について余剰人員の有無を調査したところ、直接生産部門においては企業合理化の行われた直後であつて人員に余裕なく、又間接部門(庶務係及び労務係に分れている。)の庶務係においては、その長たる事務長が人員に余裕がない旨を申し出たので、労務係長はやむを得ず労務庶務から一名応援を出せる旨申し出たこと、当時労務庶務係は、男子職員一名及び申請人を含む女子職員三名を擁し、その事務は、他の職場に比して比較的閑散であつたこと、申請人は、専ら労務加配米の受配手続及びその日報月報の作成を担当していたが、その事務は一ケ月のうち一週間ないし十日間で終了する程度のもので、その余の時間は文書の浄書、来客の接待等をしていたものであり、労務庶務係の職員のうちでもその有する事務量が最も少なかつたこと、申請人以外の女子職員のうち一名は昭和十九年入社の書記であり、他の一名は昭和二十一年入社の補手であるのに反し、申請人は、工員であつて、職種最も低く、勤続年数も最も短い者であること(被申請人会社の職階は、社員が最も高く、書記、補手、工員の順に低くなる。)工場は、申請人を解雇した同年六月二日本社に対し夏布団新調のため女子工員三名のみでは手不足につき女子臨時工一名を同年六月三日から夏布団の作成が完了するまで採用したい旨の許可申請をなし、同月五日右申請が許可され、同日女子臨時工一名を採用し、布団場の作業に従事させたが、作業は当初の計画より遅れ、同月二十五日蚊張の修理が完了し、翌二十六日から前記の夏布団の調製を開始し、同年七月十五日その作業を完了し、これにより右女子臨時工を解雇したことが認められる。右認定を左右するに足る疎明はない。

以上認定した事実によれば、夏布団の作成及び蚊張の修理のため布団場に少くとも女子職員一名を増員する必要のあつたことが認められるし、この事実と努めて新規採用を避け、業務の繁閑に応じ、一時余剰人員を応援せしめて作業を処理することが効率的な企業経営方法であることを併せ考えれば、労務庶務係から一名の女子職員を布団場の作業の応援に赴かしめることが必要にして且つ合理的であることが認められるし、又申請人と他の労務庶務係の二名の女子職員の職種、勤続年数、事務量を比較するときは、申請人に対する右業務命令は、申請人にとつて特に不利益な差別待遇ではないと認めざるを得ない。以上の認定と前記解雇に至る当事者間の接衝の経緯に徴すれば、本件解雇の決定的理由は、申請人の政治的信条それ自体にはなく、業務命令拒否という客観的事実にあるものと断ぜざるを得ないから、申請人の右主張は採用しない。

(二)  申請人は、本件解雇は、被申請人会社と前記労働組合との間の労働協約第二十二条に規定する解雇基準に該当しない事由を解雇理由とするものであるから無効であると主張する。

右労働協約第二十二条が、解雇の基準として、「一、精神若しくは身体に障害があるか又は老衰、虚弱その他の疾病のため業務に堪えないと認めたとき、二、技倆能率が著しく不良であつて上達の見込がないと認めたとき、三、已むを得ない業務上の都合によるとき、四、其の他前各号に準ずる事由のあるとき」と規定していることは当事者間に争ない。

ところで、同条第三号に掲げる「已むを得ない業務上の都合によるとき」とは同条の規定の趣旨に照し解雇の必要性に関する使用者側のみの事由に限らず、労働者側に存する事由をも包含するものであつて、労働者が雇用契約上の重大な義務違反をなしたため、使用者が職場規律維持の観点から当該労働者を解雇することが、社会通念上肯認される場合等をも指称するものと解するのが相当であるから、申請人の前記業務命令拒否がかかる程度に重大な義務違反であるかどうかについて検討する。

一般に企業にあつては、企業施設と労働力とが有機的に統一して構成されていて、労働者は企業の効率的運営に寄与するため労働力の提供を約諾しているのが通例であるから、使用者は、この企業を運営するため、労働力を按配して使用する権能を有するわけである。従つて使用者は、労働者との間に配置転換をなさない旨等の特別の合意がない限り、労働契約の趣旨に従つて、労働者に対し、配置転換又は他の職場における作業の応援命令をなし得るのであり、これが法令に違反し、又は著しく不当なものでない限り、労働者はこれに服すべき雇用契約上の義務を有する。そして前認定の事実に徴すれば、被申請人会社の申請人に対してなした前記業務命令は法令に違反するもの又は著しく不当なものと認めることはできないし、且つ被申請人会社は申請人に対し、夏布団作成完了までの間臨時の措置として布団場に応援に赴くよう命じたのにもかかわらず、申請人は不満であると表明するのみでその他に何ら合理的な理由を明示することなく、これを拒否し、遂には作業の遂行に支障を生ぜしめたのであるから、申請人の右所為は、雇用契約上の重大な義務違反というべく、右協約にいう「已むを得ない業務上の都合によるとき」に該当する。もつとも申請人が当初保母として採用されながら間もなく労務庶務係に配転され、次で布団場の作業の応援を命ぜられたのであるから、労働契約の趣旨に照し布団場の作業をなすことは申請人の予期しないところであつてこれに不満を抱くことは諒察するに難くないけれども、労務庶務係への配転については特に反対を表明した疎明はないし、また作業の都合上臨時的に布団場の応援作業に従事することが著しく不当のものでないことは前記認定の通りであるから自己の意に満たなかつたであろうことは首肯し得ても、その故に右の業務命令を拒否すべき正当の事由あるものということはできない。よつて申請人の右主張も理由がない。

(三)  申請人は、右労働協約第二十三条によれば、組合は組合員の解雇について被申請人会社から通知を受けたときは、通知を受けた日から七日以内に異議申立をすることができ、右異議申立期間内は、組合員を解雇しない旨の条項があるのにかかわらず、被申請人会社は、右異議申立期間の経過をまたないで、申請人を解雇したのであるから、本件解雇は、右条項に違反し、無効であると主張する。

労働協約第二十三条に「組合業務専従者及び支部常任委員以外の組合員を第二十二条第二号ないし第四号の基準を適用して解雇する場合は、予め組合に通知する。組合が解雇基準の適用について異議がある場合は、解雇の通知を受けた日から七日以内に異議を申し立てることができる。組合が右異議申立期間中に異議を申し立てた場合は、組合と協議する。但し、協議期間は、十日間とする。会社は、組合から異議申立のあつた場合は、協議が終了するまで解雇しない。」旨の定があること、申請人が組合業務専従者及び支部常任委員以外の組合員であること及び被申請人会社が昭和三十年五月三十一日組合に対し、申請人を解雇する旨通知したことは当事者間に争ない。

しかしながら右条項は、被申請人会社が組合員を解雇する場合は、予め組合に通知し、組合が異議申立期間内に右の解雇に関して異議を申し立てた場合にのみ適用されるものであることは、文理上明らかであるから、組合が異議申立期間満了前に、被申請人会社の通知にかかる解雇を同意し、又はこれに対し異議申立をしない旨の意思を表示した場合は、被申請人会社は、異議申立期間内においても有効に解雇の意思表示をなし得るものと解するのが相当である。そして疎明によれば、前記労働組合東京支部は、同年六月二日常任委員会を開き、被申請人会社から通知された申請人の解雇について協議した結果、右解雇に対し異議申立をしない旨決議し、同日被申請人会社に対しその旨通知したので、被申請人会社は、同日本件解雇の意思表示をしたことが認められるから、本件解雇は、右条項に違反しない。よつて、申請人の右主張は採用しない。

三、叙上のとおり、被申請人会社が昭和三十年六月二日申請人に対しなした解雇の意思表示が無効とすべき理由はないので一応有効であるというの外なく、従つてこれが無効であることを前提とする本件申請は失当であるから、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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